わたしの歩みetc.

2026年10月09日

 まったく同じことが起こったというわけじゃないけれど、わたしの小説には自伝的なところがあると言われたことがあります。その中でも個人的経験を含んだ、旅や人間関係についての作品を集めました。比較的多めに経験が含まれているものから、かなりフィクションを加えたものまで。

  1. トライ&エラー

  2. はつゆき

  3. まるで友だちのように

  4. 約束

  5. 彼女は海が見たいと云った

トライ&エラー

 そんなふうにウジウジしてるから、イジめられるんだよ。兄は言った。そしてこう言い捨てた、いいかげん、オトコつくれ!、と。つぼみは、悔しかった。兄がいじめのことを知っていたことも、勝手なアドバイスも。でも、彼氏をつくることには憧れていた。憧れているひとなら、いた。ネット上の友だちで、ハンドルネームを織田信長さんという。でも、思い切って、電話番号をおしえていただけませんか、と、書いたら、「ネットからのリアルはありませんので」とのことだった。学校ではあいかわらず、孤立していた。でも、リーダー格の男子の芦原くんは見かねると、たまに庇ってくれることがあった。このあいだ、女子に、あの子、きっと入院しても誰も見舞いに来ないよね、と言われたとき、いいかげんにしろよ! と、芦原くんが、言ってくれて、そのことのほうがつぼみには嬉しかった。

 話があるの、ちょっといいかな、というと、芦原くんは、いいよ、と感じよく言ってくれて、つぼみは心臓がばくばくしていた。誰もいない教室でふたり、向き合っていた。向き合いながら、芦原くんは、スマホをいじっていた。つぼみは言った、

 「芦原くん。いま、付き合っているひととか、いる?」

 芦原くんは詮索されて、ちょっと嫌だなあと思ったのだけど、つぼみにはそれがわからなかった。いないよ。どうして? それで、つぼみのこころは一気に高鳴ってしまった。告白するなら今だとおもった。何て言おう。いつも、親切にしてくれたお礼を言おうか。でも、まず、じぶんの気持ちを伝えたい。

 「好きなの。わたしと、付き合ってくれませんか。無理に、とは、言いません。友だちとしてでも、やりとりしてくれたら、嬉しいです」

 芦原くんは、いきなりキスをした。つぼみは戸惑った。こんなの。安っぽくキスをしてくることも嫌だったし、からかわれているのかもしれないともおもった。軽いキスのあとで、つぼみはちょっと幻惑されながらも、正気をとりもどしてこう言った、あの、そんなに急がないの。ゆっくり、時間をかけて、芦原くんのこと理解したいし、わたしのこともわかってほしい。芦原くんと親友みたいなものになれたら、とか、そんな大それたこと、考えてる。

 芦原くんは、きゅうに、面倒くさそうな顔をした、つぼみは、そんな芦原くんを見るのは初めてだったので、とてもびっくりした。いつもの知っている葦原くんではない、そう、つぼみは思った。そして、気乗りのしない表情で、ん〜、と、頭をかきながら困ったように、

 「そういうのは、ちょっとね。そういう重いのは、ちょっと勘弁してほしいんだ。その代わり、カラダだけの関係とかだったら良いよ。こんど、いつヤる?」

 それが、とっても投げやりだったので、とってもおざなりだったので、つぼみは、とても嫌になってしまった。こんなの、わたしの知ってる芦原くんじゃない。ううん、こっちがほんとの姿? それとも、わたしのことを好きじゃないからこんな態度になるの? つぼみはおもった、ああ、このひととはダメなんだ。信長さんは、こんな言い方はしなかった。信長さんは。つぼみは、迫ってくる芦原くんを押しのけた。

 「じゃあ」

 そして、教室をあとに走り出した。とっさに想い浮かべたのは、信長さんのことだった。少なくとも信長さんはこんな不実な態度ではなかった。丁寧に礼儀正しく断ってくれた。憧れていた芦原くんが、下衆野郎だったのか、それとも、お気に入りの女の子には親切にしているのか、それは、わからなかったけれど、芦原くんに対して、すごく何かを期待していたのだと気づいた。お兄さんがアドバイスをくれて、そのアドバイスにがっかりしたときも、そうだったかもしれない、お兄さんが、落ち込んでいるつぼみに対して、すごく親切にしてくれるんじゃないかと、何か、なぐさめの言葉をかけてくれるんじゃないかと、期待していた。そして、それが、勝手な期待であることに気がついた。誰かに愛されたら。というか、愛されようとすることで、変われるんじゃないかと思った。愛されなくていい、信長さんにはわかってほしい。じぶんの気持ちだとかそういうの。そして、信長さんにも、差し支えのない範囲でいろいろなことを聞かせてほしい。つぼみは思って、信長さんにメールを書いてそれまでのことを綴った、ややあって、こんな返信が来た、「あなたが体だけの関係なんて受け入れなくて、ほんとうに良かった。体目当ての男に抱かれなくて、ほんとうに良かった」と。

はつゆき

 どこを旅していたのだったか、東北のどこかだったと思う、青森だっただろうか、秋田だっただろうか、たしか紅葉の時期だったように記憶している。というのは、もうすぐ雪がふりはじめますね、なんて話題になったからだ。わたしは、タクシーの運転手さんに目的地まで案内してもらっていた、タクシーの運転手さんは、終始、わたしに良く気を遣ってくれていた。わたしが千葉県出身だ、というと、千葉では雪がふらないでしょう、という話になった、

 「ええ、そうですね。滅多にふりませんね。そのかわり、ふだん雪への備えをしていませんから、五センチでも降るとたいへんなことになります。五センチ降っただけで、もう、電車が止まったりとかしてしまいますね。東北では考えらませんよね?」

 と、こんな受け答えをしたと思う。もうほんとうに、どこを走っていたのかわからない、わたしは、紅葉を見たくてうずうずしていて、目的地に早くいって紅葉の写真を撮る、それ以外には考えられなかった。でも、こうして、地元のひとと話をしているのは別だ。タクシーの運転手さんや宿のスタッフさんたちとおしゃべりをして、その土地のことを訪ねたり、また、その地のうつくしさを褒め称えたりすることは、友人の極端に少ないわたしにとって、かけがえのないコミュニケーションだ。たしかに友人はいる。けれど、じかに会って接することはできない。手の届く範囲に誰かがいるということは、すごいことだ。それはかけがえのない質感をくれる。そこにいて、じぶんの体がそこにあって、じぶんが確かに存在している、そんな手で触れることにも似た確かな感覚をくれる。運転手さんに、なにか語ってほしいとおもったので、わたしは促した、

 「こちらでは、雪がふると、たいへんでしょう?」

 「それは、大変ですよ。屋根のうえも、家のまえも雪かきしなければならないし、道路には除雪材を撒かなければ交通がストップしてしまうし、都会のひとにしてみれば、ホワイトクリスマスなんていって綺麗なものかもしれませんが、あれはほんとうに大変です。ええ、ほんとうに、大変なんですよ」

 そうですか、とわたしはいって、ぼんやりとその光景に思いを馳せる。除雪車が大量の雪を道路のわきによけていくところなんかを。わたしは小さい頃、雪が大好きだった。両親とも旅行好きで、よく家族旅行に連れていってもらって、父は兄にスキーをおしえたくて連れてきたらしいが、新潟にやってきた。母に聞いた話では、小さいわたしが車窓に雪がちらつくのを見て、ゆき、ゆき、と感動して覚えたての言葉を口にした、という。わたしも、そのとき雪原のなかであそんで楽しかったのを覚えている。スキーはさっぱり覚えなかったが、もともと、兄におしえるつもりだったらしいから、さもありなん、という感じであるが、帰りの電車に乗りこむときホームに積もっていたびしゃびしゃの雪の感じを思い出すにしても、なにが嬉しかったのかわからないが、とにかくはしゃいでいたのを覚えている。それも、首都圏に住む者だからなのだろうか。スイスのローベルト・ヴァルザーという作家などは、雪の日に散歩に行くのを好んだというが。

 そんなことを考えていると、赤で信号待ちをしているときだったか、いつだったか、思い出せないが、タクシーの運転手さんがわたしの思いをさえぎっていった、

 「でも、秋から冬に移りかわるとき初めて空から舞い降りる、あの初雪だけはべつだなあ。あの、すぐに溶けてしまうはかなさとか」

 初雪か。その冬に降ってくる、はじめての雪。ふりはじめてまだ間もない、天より舞い降りて、積もる間もなしにすぐに溶けてしまう。雪国のひとにとって初雪は、わたしたちにとっての雪への憧れに通じるものがあるのだろうか。わたしは、初雪の話に興味をもった。初雪ですか。きれいなんでしょうねえ。運転手さんは、なにか、初雪のときの思い出ってありますか。けれど、思い出、ないねえ、といって会話はそこで途切れるかにみえた。が、ややあって、こんなふうに口を開いた、

 「ああ、初雪というと、囲炉裏の炭の匂いを思い出すねえ。雪が降って、農作業は休みになるだろ、そうすると、家族で、子どもたちも祖父や祖母もいっしょに、家の真ん中にある囲炉裏を囲むんだ。知ってるか、囲炉裏って? 火を炊くところ。その火のうえに、やかんなんかをぶらさげて。その炭をかきまわすのが、祖父の役目でね、一家のあるじである祖父が、炭をかきまわして火をいきわたらせるようにするんだ。そのとき、炭が燃えるときの、気のせいかどことなく、土ともちょっと違うな、湿気を含んだような匂いがするんだけど、あの祖父のかきまわす炭の匂いを思い出すなあ。厳しさに耐えて生きる祖父の面差しとかね。なぜか、はつゆきが降ると、とおい昔の、祖父のかきまわす炭の匂いを思い起こすんだ」

 わたしはその話のひとつひとつを記憶にとどめた。いつか、小説に書きたいとおもった。だから、率直にこういった、車はもう赤信号じゃなくて走り出していたかもしれない。

 「あの、わたし、アマチュアの小説家なんです。いつか、運転手さんのお話を書かせてもらっていいですか。上手く書けるかわかりませんが、書きあがったお話にはどうしても、質のばらつきが出てしまうのですが、とにかくどの話も等しくいっしょうけんめい仕上げています。ぜひ、その、初雪の良いお話をきかせていただいたので、何らかの形にしたくって」

 そのとき、たしか許可をもらったような気がするので、月日が経ったいま、こうしてストーリーに仕上げている。そのひとに満足のいくものになったかどうかわからない。けれど、かけがえのない話を聞かせてもらったそのお礼も兼ねて。運転手さんは、話しおわってからこんどは軽い口調になってこう付け足したのだった、

 「思い出、あったねえ。うまく思い出せなかったけれど、訊かれて、思い出したよ」

 それから、タクシーは目的地に着いた。紅葉が、ひろがっていた。赤や黄の織りなす冬のまえのいっときの錦が。それらの光景は、あのひとのくれた話とともに、わたしの旅の一ページに刻まれた。

まるで友だちのように

 暮れなずむ空を、高層階の部屋からながめながら、新しいタワーに気づく。前に、この街に来たときは、無かった。同じ部屋をとったのだから、たしかに窓のそとの景色が変化したのだ。街が変化したのだ。前と違って、友だちには会えなかった。独り旅は大好きだから、気にならないが、ときには誰か一緒だったらと思うこともある。明日の宿に向かうために、列車の時間を確認すると、アラートのマークが出ていて不通になっているらしかった。さて。旅程はどうしても切り上げたくないし。こんなときにはタクシーだ。このあいだ、この街でお世話になったタクシー会社さんにダメ元で電話してみる、事情を話して相談すると、森のなかのつぎの宿まで行ってくれるという。そうして安堵して、やっとペースをとりもどす、買っておいた夕食を部屋で食べ、歯をみがいて、早めにベッドに入ることにする。明日の旅が楽しみで、なかなか眠れないような気がしたのだけど、いつしか眠りについていた。

 翌日、チェックアウトすると、前にお世話になった女性の運転手さんが迎えにきてくれた。同性だから安心。それに、女性ながら腕も確か。飼っているペットの話なんかをしながら進んでいく。さいしょは街中だった景色も、だんだん、田んぼに囲まれてきて、いい感じだ。幾つものトンネルを抜け、森のほうへと。不調を押しての旅行だったので、また回復しきらず、ちょっとしんどくてため息をついてしまう。ごめんなさい、というと、溜めていると体に良くないでしょう? という。山あいに、うつくしい寺があって止まれませんかと言ったら、引き返して止めてくれた。良い場所だ。運転手さんも、ちょっと歩いて休憩しませんか。すわりっぱなしじゃ、体に良くないです、といったら、降りてきてくれて、いっしょに降りて散策。田んぼの向こうの斜面に、家が二、三軒見える。地元のひとがいたので挨拶する。じつにのどかな時間が流れていた。心地良い。運転手さんが茂みに何かを見つけて指差した、

 「これ、鉄線ですね」

 と、運転手さんがわきの茂みをさして言うので、目を向けると、大輪の白い鉄線が咲いている。ぜんぜん、気づかなかった!

 「すごい! どうして、気づいたんですか。街のもんが、ふらふら歩いていても、ぜったい、気づかない。やっぱり、地元のひとはすごい。木の名前も、よくわからないんです。庭の木は、祖母や植木屋さんにきいて少しは知っているけれど、森の木ってほとんど見分けられなくて。あ、でも、こうして見ていると、一本一本ちがうなあ。葉のかたちも、幹のかたちも」

 それから、また出発。山を越えて街に入ったらしい。古い佇まいの、でも、きれいな街に着く。和風のすてきな建物のわきを、水路がめぐっていて、そこを緋鯉がおよいでいる。わたしは、もう夢中で緋鯉の写真を撮る。朱い鯉、銀の鯉、黒い鯉。色彩と生命がおどっている。運転手さんがクルマを停めて降りてくる。わたしはわりと勝手に、行ったり来たりして、写真を撮っていた。リアルな人間関係だったら、母親でもない限り許されないだろう。長いこと撮るあいだ待っていてもらうのは。でも、運転手さんは付き合うのが仕事なんだから、まあ、いいよね、と、ちょっと甘えてしまうことにする。ほんとうに、わたしにとっては、それはすごく有難いことで。こんなところは初めて来ました、連れてきてくださって、ほんとうにありがとう! というと、

 「鯉にエサをやっていいですか」

 電柱のでっぱりをかぱっと開け、そして、硬貨を入れると、備えつけられたケースから一袋とりだして、そのなかの粒をほうって水路の鯉にあげはじめる。わたしは、甘えてしまうことにする、わたしのために餌をあげてくれていることぐらいは、わかっている。だから嬉しくて、そんなとき、こんなタクシーの運転手さんと友だちになれたら、と、いつも思うんだけど、わたしは勝手だから無理だろうな。粒をぜんぶあげてしまって、することがなくなった運転手さんが言う、

 「どうします、一回りしますか。それとも、昼食でも食べますか。あそこが造り酒屋なんですが、お酒は飲まれないんですよね。古い街並みを一回りしませんか」

 わたしが、大きな建物を指すとお寺だという、お参りしましょう! と誘ってみる。塀と水路をつたって表に回ると、そこは立派な建物でいかにも、ご利益がありそう。お賽銭箱も靴をぬがなくていい場所にあるようだ。財布をみると、五百円玉がなかった。こんなことも予測して用意しておくのだった。そうだ。百円玉を三枚取り出して、そのうち一枚を運転手さんに差し出す。

 「いっしょに、お参りしましょう」

 運転手さんは受け取って、

 「じゃあ、鯉のエサ代は、これでチャラですね」

 わたしは手を合わせて良い写真が撮れたことへの感謝をこめ、念じてからお辞儀すると、運転手さんもやはり手を合わせて拝む。なにを、お祈りしたかは聞かなかった。嬉しい。嬉しい。嬉しい。こんなふうに、古風な街を散策できて。こんなふうに、旅ができて。こんなふうに、ドライブできて。お昼の時間だったので、お蕎麦を食べることにした。連れて行かれたお蕎麦屋さんは、かなり繁盛していたが、席はあった。感じのいいおばさんが、接客してくれた。お品書きが壁の上のほうに書いてある。にしんそば、というのが目に入り、どういうものか想像がつかなかったけれど、何となく美味しそうだと思う。それで言ってみた、

 「同じものでいいですか。あの、にしんそば、いかがですか。何となく、美味しいような気がするんですけど。ごぼうのかき揚げもトッピングしましょう! あ、そっか。お腹いっぱいになると眠くなるから、あまり召し上がれないんですね。じゃあ、わたしだけ、ごぼうのかき揚げ入れます」

 おばさんに注文を伝える。それから、運転手さんはクルマを停めなおしにいったので、そのあいだに、セルフサービスのお冷やをふたつ取ってくる。このぐらいしか気が利かない。わたしはほんとに勝手だから、このあいだ地元でやっぱりタクシーの運転手さんと水族館に行ったときも、あきれられてしまった。写真のことになると、ほんとうに、譲れなくなってしまうから。間もなく、運転手さんは戻ってきて、厚みのあるどんぶりに入った美味しそうな蕎麦がやってきた。みがきにしんが入っている。あまりしゃべらなかったけれど、とても美味しい蕎麦だった。食べ終わり、また来ます、と言って、店を後にする。また来ますと言葉を残す場所は、ぜんぶ、ほんとうにまた来たいと思っている場所だけだ。

 それから、滝を見た。滝の写真を撮っているあいだ、ずいぶん待っていてもらったので、やっぱりわたしはプライベートで友だちみたいに付き合うのは無理だろうなと少し諦め気味。宿はもうすぐだ。山道のワインディングを行く。そのとき、運転手さんが言った、

 「お蕎麦、美味しかったですね」

 味を共有し、時間を共有し、まるで友だちみたいに楽しい時間を分けてくれた。ほんとうですね! とわたしも言って、ちょっとうるさいぐらいの緑を窓越しに眺めた。新緑は深さを増してゆく。わたしたちの関係も、深さを増して行くそんなことがあるだろうか。あるといいけど、今日のぶんだけ楽しめただけでも、じゅうぶん嬉しい。こうして一期一会を重ねていく、思い出の数ばかり増えていくのだけれど。

約束

 就職もせず、結婚もせず、ただ家で過ごしているわたしに、夕食の席で、お父さんが注意した。もうすぐ三十だぞ、いったいどういうつもりなんだ、と。そして、お母さんがわたしに尋ねた、毎日、いったいどこへ出かけているの。変な男のひとと付き合っているわけじゃないわよね? と。わたしはバイトをしては辞めて、の繰り返しで、どこにも馴染めないでいた。一生にわたって続けようと思っていたわけではないから、それでいいと思っていた。わたしが、一生にわたって続けたいことは別にあった。まだ、上手く書けないけれど、書いているだけで楽しいから、やめる気はないの。いま、お父さんと、お母さんに、すべて打ち明ける時が来たようだった。わたしは箸を置いて、

 「わたし、ものを書いているの。小説家になりたいのかどうかは、わからない。だけど一生のあいだ、書いていたいの。それが、わたしのほんとうにやりたいことなの。今まで図書館に通って、好きな本を読んだりアイディアを練ったりしてた」

 話せば、わかってもらえると思っていた。共稼ぎのお母さんは、文学の研究をしていたから、きっと味方になってくれるんじゃないか、と、考えていた。でも、その期待に反して、お母さんはわたしに、ものを書くことでは、食べられないと言った。それを許してくれるようなひとと結婚しなさいと。そして、お父さんも、

 「残念だけど、それは許せないよ、響子。どうやら、わたしたちは育て方を間違えてしまったようだね。なぜ、もっと堅実な道を選べないんだ? アルバイトだって、正社員になるのかと思っていたら、勤めたら、すぐに辞めてしまうじゃないか。悪いことは言わない、諦めなさい。勤めなさい、といってもおまえにはキャリアがないだろうから、せいぜい、結婚して専業主婦になるぐらいだよ」

 子どもの頃から、リベラルな両親のもとに育ったと思っていたから、頭ごなしに夢を否定されることは、ほんとうに想定外だった。ねえ、お父さん、お母さん、子どもにほんとうにやりたいことがあったら、応援してあげたいって思うのが親心なんじゃないかな。

 「親心? そんなものがあってたまるか。こんなふうに、育てた覚えはないぞ。これでは、お父さまに申し訳が立たないじゃないか。知らなかったか、おまえの父親はわたしではないんだ。ある高貴な方だ。ちょうど、その方がおまえに会いたいと仰っている。会ってきなさい。きっと、お見合い話をくださるはずだから。いいな、その方の言うことに、けっして逆らってはならないぞ。そんなことをすれば、おまえ自身は、すべて失うだけかもしれないが、わたしとお母さんの血族まで将来を断たれかねないからな」

 なんてこと! お父さんが、わたしのことを何となくけむたく思っていることは知っていたけれど、それは、血がつながっていないせいだったんだ。お兄さんばかり可愛がるのもきっとそのせい。でも、お見合いだなんて。今まで、わたしを放っておいたということでしょう? いきなり、お見合い? ふざけているわ。内心の反感をよそに、父親がわたしにメモをわたした。そこには、待ち合わせ場所と電話番号が書いてあった。東京駅の、丸の内南口。午後六時。どうしようもない反感はあったけれど、やっぱり、ほんとうのお父さんというひとが、どういうひとが気になってわたしはメモを受け取った。お父さん。どんなひとなんだろう。身分の高いひと、らしいけれど。お母さんと、どういう関係なんだろう。お母さんを妊娠させて捨てたんだろうか。いまさら、わたしに会いたいだなんて、よく考えたら勝手なような気がするんだけど。もやもやした思いを抱えながら電車に乗った。普段着のなかで、いちばんキレイめなのを着てグリーン車にすわり、暮れてゆく車窓をながめた。

 となりに、男のひとが来てこしかけた。ちょっとすてきなひと。黒いロングコートがとってもキマっていた。わたしは面白いタイプの男のひとが好きなので、ちょっとカッコ良すぎるなと思って、また、車窓に目をやった。すると、その通路側の男の人が声をかけてきた、どうしたの。なにか、悩み事でもある? なんだか、浮かない顔をしているよ。良かったら、話してみない? 街に明かりが灯りはじめていた、明かりはゆっくりと車窓をながれていった。自然とわたしは、そのひとに向かって話していた、

 「わたし、ほんとうの娘じゃなかったの。これから、ほんとうのお父さんに会いにいくところ。だけど、勝手じゃないかな、長いこと放っておいて、いまさら、会いたいだなんて」

 ほんとうは、お父さんに会いたくてたまらなかった。何もかも、思いのたけを話したかった。でも、お母さんとのこととか、そういうことが気になって、なかなか素直になれないでいた。男のひとは、ちょっと不器用そうに、でもあたたかに微笑んだ。

 「ねえ、何があったのかは、わからない。きっと、お母さんにも、そのお父さんというひとにも、事情があったんだと思う。でもさ、過去は変えられないけれど、未来はどうとでもなるって、よく聴く曲の歌詞にあるからさ、今までのことよりも、これからのことを考えたほうがいいんじゃないかな。ぼくはそう思う。きみに届きますようにって、思いながら、ぼくなりに考えたんだけど。どう、伝わってる? あ、ぼくはここで降りるからね。事情はだいたいわかったよ、頑張ってね」

 男のひとは、降りていった。あ、つぎが東京! そうだよね。わたし、もっと大人にならないと。お母さんとそのひとのこと、何も知らないくせに責めてばかりで恥ずかしいな。お父さん、どんなひとだろう。さっきの男のひとみたいに、すてきなひとだといいな。何だか、少しだけ、ドキドキと一緒にわくわくがもたげてきた。プラットフォームに降り立つ、えっと、確か、丸の内南口。東京ステーションホテルのロビーで約束通りの時間に、わたしに向かって手を振ってくれたのは、さっき一駅前で電車を降りていった、かなり若く見えた男のひとそのひとだった。え? あれがお父さん? ぜんぜん、イメージ違うなあ。わたしのお父さんだから、カッコ良いとは想像していなかったから。もっと、髪が薄くてしょぼいひとを想像、って、あれ、失礼しました。えっと。ご挨拶しないと。これから、どんな話になるのかは、わからなかった、けれど、前向きでいよう、そう思った。わたしの伝えたいことを伝えて、お父さんの伝えたいことを受け取りたいな。それから、できれば、わたしの将来の相談にも、乗ってもらえたら、そんなふうに願った。真っ赤な絨毯のうえでお辞儀をしながら、わたしは名乗った、

 「改めて。はじめまして! お父さん。響子です。お父さん、ナイスなアドバイスをありがとう。わたし、とっても嬉しかった」

彼女は海が見たいと云った

 バリアフリーとエコは矛盾するのかもしれない。それは、ほんとうは相容れないのかもしれない。新幹線のホームから、エレベーターで外に出るとき、そんなことをふと考えた。最近まで、どうして乗ったのと反対側の扉がひらくのかさえわからなかった、答えはかんたん、車椅子が降りるときに向きを変えなくてすむように、だ。紗奈とつきあって初めて気づいたことは、それだけではない。初めは、紗奈がひんぱんに車椅子をちょっと止めて、というので閉口した。けれど彼女は、コンパクトカメラで空の写真だとかをそれも、何というか、面白みがあるというか、いい感じの写真を撮るのだ。紗奈は海がみたいと言った。どうしても、ぼくは紗奈に海をみせたかった。バリアフリーとエコは両立しないのかもしれない、でも、ぼくの、ほんとうにぼくのわがままな気持ちなのだけれど、エレベーターを動かす電力を消費してでも、紗奈を海に連れていきたかった。

 良かった、タクシーの運転手さんは好意的なひとみたいで。紗奈が乗るのを手伝おうかといってくれた、でも、ぼくひとりでもだいじょうぶ。荷物をトランクに入れさせてもらい、ぼくは運転席側の扉から紗奈のとなりにすわり、クルマは駅前のロータリーから発進した。あ、新幹線に乗って疲れていたかもしれない、どこか喫茶店みたいなところで休憩したほうが良かっただろうか。でも、周囲が好意的なひとばかりとは限らない、やっぱりすぐにタクシーに乗って良かったのかもしれない。どうだろう。「疲れた?」紗奈にきく、でも、それは愚問だった、紗奈のテンションは依然として高めで、そんなに興奮しては疲れてしまうよ、と思うのだけれど、まだ見ぬ海を思い描いているのか、「ぜんぜん、疲れてない、だいじょうぶ。明彦くんは疲れちゃった?」というので、ぼくもだいじょうぶだよ、といい、「はやく海がみたいのはわかるけど、いまから興奮していると疲れちゃうよ、あと一時間はかかるから、寝ていたっていいんだよ」と促すと、やっと、「じつはね、きのうの夜、あんまり楽しみで眠れなかったの。だから眠い。寝ていていい?」というので、着いたら起こしてあげるから、と約束する。寝息をたてたころ、運転手さんがぼくに話しかける、「お客さん、どちらから?」

 ぼくはちょっとあいまいに、「えーと、首都圏から来ました」と答える。そして、「新幹線がバリアフリーになっているので助かりました、車掌さんにも乗るとき板を出してもらって、でも、バリアフリーとエコは両立しないんだろうか、なんてことも考えてしまいました。だって、エレベーターだって電力つかうし、どうなんだろうって」というと運転手さんはわらって機転をきかせ、「何言ってんの。車椅子のひとだけじゃないんだから。お年寄りだって、スーツケースを持ったひとだって、エレベーターは便利でしょ。それに、目が見えないひとだって」というので、「あ、そうかあ」といい、幸先いいな、とおもう。運転手さんがみんなこんな親切なひとだったらいいのにな。

 街の景色はやがて、牧草地へと変わり山がその威容を示しはじめる。運転手さんはいう、「お客さんも寝ていていいよ、着いたら起こしてあげるから」べつに運転手さんを信用しないわけではなかったが、もうちょっと景色を見ていたい気がしたので、「だいじょうぶです、有難うございます、このへん、いいですね。ぼくは写真を撮らなくて、彼女が写真を撮るのですが、もしかしたら、起こしてあげたら喜ぶかな」そうしたら、というので、紗奈をゆすって起こす、「着いたの? あ、まだか。でも、このへん景色きれい。運転手さん、窓を開けて写真を撮ってもいいですか。それと、もしできたら、でいいんですけど、ゆっくり走ってもらえると」じゃあ、止めますね、ここでいいですか、と運転手さんが路肩にクルマを止めてくれる。紗奈は大喜び。タクシーの窓から夢中で山や、牧草地や、それから扉をあけて足もとに咲くたんぽぽの花なんかを撮っている。連れてきて良かった。海もぜったい綺麗なんだから。

 リアス式海岸へとクルマは向かい、山道へとさしかかる。あ、山桜。彼女がいう。でも、外に出たら危ないだろうな。そうだね、といって、紗奈もあきらめたようだった。「でもね、ぜったい、海は気にいるから。もうちょっと待って。運転手さん、あと、どのぐらいで着くでしょうか」ときくと、「あと三十分はかかるよ。展望台まで、だけどね。その前に海は見えてくるよ。このへん、クルマ少ないから、ゆっくり走るからどんどん写真とってよ」という。あ、海。稜線と稜線が途切れた向こうに、水平線が見えた。紗奈は上手く撮れない、という。ほんとうは車椅子じゃなかったら、降りてゆっくり撮りたいところなんだろうな、もうちょっと我慢して、紗奈。調べておいたんだから、景色。あ、でも、インターネットの写真に良く写っているからといって、実物もそうとは限らないのでは。ぼくは俄かに不安になった。運転手さんにきいてみようか、展望台の景色がどうなのか。でも、ほんとうのことを言わないかもしれないし、いまひとつだ、と言われたところで、いまさら引き返すなんてありえない。宿だって予約してある。

 紗奈はふたたび眠りに誘われたようで、ぼくは運転手さんと話す、「観光旅行って、いったい何時まで可能なんでしょうね。できれば、彼女にいつまでも良い景色を見せてあげられるような、それを許すような社会と環境だったらいいと思うんですが。将来的には、資源も枯渇するでしょう。戦争がはじまらないとも限りません。ぼくたち、いったい何時まで、こんなふうでいられるんでしょうね」運転手さんが答えをためらっていると紗奈が目を覚まし、「たしかに、それはわからない。でもだから、いまのこの瞬間を、せいいっぱい生きるんじゃないの」と、わかったようなことをいう。いいことをいうねえ、と運転手さん。カーブがつづく。切りたった崖のようになった海岸線に沿って、クルマが左に右に曲がりながら進んでいく。ローカル線の駅が見えてきた。「もうすぐそこですよ」と運転手さん。紗奈がカメラの設定を確かめる。クルマは岬へと上り坂をあがっていく。そうして、草地のあいだの駐車場に着いた。運転手さんが、「草地のあいだに道がついているでしょう、そこの土産物屋さんの脇を進んでいくとすぐに展望台に着きますよ。第二展望台なら、階段を上がらなくても見られます。第一展望台は、あまり変わりばえしない景色だから行かなくてもいいと思いますよ」とおしえてくれる。

 あ、止めて。展望台に着かないのに紗奈がいう、どうやら、海と松原の写真を撮っているらしい。ぼくは、見ているはずなのに、紗奈にはぼくに見えない景色を見ているかのようだ、と思う。車椅子を押していく、平らなので有難い、やがて目の前に海がひろがる。ひとつめの展望台だ。広がるパノラマの景色。崖の折り重なる男性的な眺め。こういう、渋いのが紗奈は好きなのだ。予想通り、うわあ、とため息をついたのもつかのま、折り重なる断崖絶壁の海岸線にレンズを向け何度もシャッターを切る。待っているあいだはちょっと退屈だけど大丈夫、撮り終わって、画像のチェックを始めた紗奈に、どう、いい写真とれた? と、きくと、うん、すっごく。と答えが返る。「有難う、すっごくいい写真が撮れた。こんな素敵な景色だと思わなかった。ほんとうに感謝してる」ところで、ぼくは第一展望台のほうも気になっている。変わりばえない景色というがほんとうだろうか、紗奈が階段をのぼれないと思って気をつかったのではないだろうか。「ちょっと待って。第一展望台も行こう」とぼくはさらに奥へと車椅子をすすめる、紗奈はとまどって、「え、ちょっと待って。階段があって上がれないって」だいじょうぶ、といって、階段のたもとでストッパーをかけて車椅子を止め、それから、「カメラしっかり持っていて。落とさないで」といい、彼女を抱き上げる。彼女は、ごめんね、といって、でも、とても嬉しそうで、「カメラ耐衝撃だからだいじょうぶだと思うけど、落とさないようにするね」とはしゃいでいる。こっちは大変なんだぞ。

 あと三段、二段、一段、のぼりきった。でも、景色はほんとうに変わりばえしない景色だった。さきほどの景色を見たあとでは、それほどの感動はなかったというのが正直なところだ。「ごめん、ぜったいにいい景色だと思ったんだけど」と謝ると、「ううん、ごめんね、重いでしょう。ちょっとそこに座らせて。明彦くんも一息ついて」とぼくを気遣う。ぼくは彼女をすわらせ、となりにじぶんもすわった。展望台のうえ、眼下に晴れやかに景色がひろがる。海の風がふたりを抱いていった。すでに陽はだいぶ傾いていた。ぼくは彼女を抱く、そろそろ行こうか。暗くなる前に、宿に着こう。

幻想庭園Since2026.6.23